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私が会社を辞めた理由:前向き編

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管理人が会社を辞めた理由

管理人は国内大手製薬会社で働いていました。

勤続年数は10年を超えます。

会社を辞める理由は、少なくとも2つ以上あると思います。

1つだけだと、なかなか踏ん切りがつかないものです。

 

管理人の場合は、大手製薬会社を2度辞めています。しかも同じ会社です。

(1度辞めたのですが、もう一度採用してもらったのです。珍しいパターンだと言われました。)

それから、もう一度その企業を辞めてベンチャーへ移っています。さらに、そのベンチャーも辞め、今は"じぶビジネ"を追い求めているところです。

 

大手国内製薬会社を辞めた時の話

先に、会社を辞める理由は1つではないと書きました。

その動機の一つは下記の記事にあるように、大企業が安泰ではないと悟ったからです。

 

ここでは、それ以外の動機について書きたいと思います。

 

管理人が大企業を去るときは、いつも前向きな理由がありました。
(ベンチャーのときは違うので、これは別記事にします(笑))

1度目は、海外への憧れ

入社して10年弱。後輩や部下からは慕われ、チームのリーダーになっていました。

同期の男性陣よりも1番に出世しており、プロジェクトも何本か兼任。上司からも評価はすごく高く順風満帆そのもの。

しかし、どこか空しい。

毎日がルーチンワークのように感じ、自分の成長に対して"頭打ち感"を覚えていました。

上司に相談し、新しい技術の習得などもしましたが、あっという間にできてしまい、また同じ繰り返し。

こういった安定を『幸せだ』と感じられるタイプの人間と、『退屈』と感じる2通りがあると思うのですが、管理人は残念ながら後者でした。

周囲に相談しても、"贅沢な悩み"と逆に羨ましがられました。

 

そんな管理人は、冷え性を克服しようと会社に内緒で始めたボクシングで、なんとオリンピックを目指すほどメキメキと強くなっていました。

冷え性はとっくに治り、無敗の選手。そんな一面もありました。

仕事で満たされない自分の成長欲を、ボクシングで満たしていた部分がありました。

小さいころからお転婆だったので、天性の素質で格闘技のセンスがあったようで、すぐにライセンスに合格し、日本一も射程圏内になりました。

しかし!

目指していたオリンピックの競技種目に、女子のボクシングが含まれないとの決定がありました。

 

ちょっと、目標を失いました。

 

そこで、もう一つ隠れていた夢だった"海外での生活"という欲求が高まりました。

「日本語だけだったら日本人の意見しかわからないけど、英語が話せれば多くの人の意見が聞ける」といった考えが、なぜか昔からあったのですが、

実現に一番手っ取り早いと思っていたのが、『海外でホームステイして語学学校へ通う』という方法でした。

それを叶えたくて、どうしようもなくなりました。

 

"知らない国で、イチから始める。"

仕事で自分の成長に頭打ちを感じていた管理人には、やらなければいけない経験だと確信していました。

お局様になってしまいそうな自分に嫌気もさしていました。

管理人が言う意見に、決めるルールに、部長も次長も課長も、みんな反対しない。何でも思い通りにいく職場に恐怖も感じていました。

 

海外に行く。キャリアを捨てる。と、決めてからの行動は早かったです。

社内規定にあるより余裕をもって、3ヶ月前には辞表を出しました。

自分が抜ける穴を埋めるべく、複数の後輩を教育しました。

年休も消化せず、最後まで仕事をしました。

そして最終出社の翌々日には、オーストラリアの大地に一人で立っていました。

 

2度目は、会社を学ぶために

1度辞めてから、海外へ留学し1年後。

後腐れもなく旅立った管理人は、縁があり「もう一度戻ってこないか?」というお誘いをいただき再就職しました。

部署は違って、新しいことを学びました。

一度捨てたキャリアだったので、また振出しに戻りました。

同期の男性陣は、出世街道。

色々と辛いこともありましたが、数年後には、その分野で論文を書いたり、学会で発表させていただいたりと成果を上げることが出来ました。

 

社会人大学生として学び始めたこと、海外で色々な経験をしたこと。

古巣に戻って、やっと成果も出した管理人は『安定』するはずが、またも違和感に苛まれました。

それは、"ここって井の中の蛙だよね"という感覚でした。

 

周囲を見ると、先輩や上司がすごく小さい中で、出世したり蹴落としたり。

社内政治が繰り広げられ、暗黙の男尊女卑の出世ルールが存在していました。

1度辞めたころは、社長が違いそういう風には感じなかった(自分が未熟だったからかも知れません)のですが。

 

なんか寂しいな。と。

 

途中、転勤などもあり環境の変化も理由としてあります。

空しさに拍車をかけたと思います。

 

自分の気持ちとは裏腹に、管理人の研究は評価されました。

講演依頼も多く、学会での受けも良かったです。

しかし管理人の中では『まるで広告塔だ。』そう感じてしまっていました。

社に帰ると、特に何の成果もあげていない方々が、上司のご機嫌を上手に取り男同士べったりしてて出世していく。

 

こういう人の下で働きたくないなぁ。。。

世界は広い。

いつか自分でビジネス出来るようになりたい。

大企業では『会社』というものの一部しか見えない。もっと小さな会社に行って『会社』を学ぼう!

 

そう思って、辞表を書きました。

 

ありがたいことに、社長にまで引き止めていただいて。
面接が何度も行われましたが、管理人の気持ちが変わることは無かったです。

 

振り返り

バカなのかもしれません。本当に。

安定して、評価されて。

なのにいつも満足できなくなる。

バカだと思います。

 

だからと言って、打たれ強いわけでもないですし、神経が太い方でもないです。

いつもドキドキしながら生きています。

不安になって夜眠れないこともあります。

 

なのに、安定を捨てるんです。

このままじゃ終わんねぇよ!と、もう一人の自分が叫ぶのです。

 

大学のアントレプレナー講義での診断で、管理人は"Risk taker"でした。

リスクを取りリターンを求める者。

偉大な"Risk taker"は、色々な能力や精神力を持ち、右脳と左脳がフル回転できるらしいのですが。

管理人は・・・。残念。

 

バカなまま終わらないように、"じぶビジネ"の探求を続けます。

 

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